蛇姫

そなたは何者ぞ?

そなたには、わらわの声が聞こえるのじゃな。

 

わらわの姿が、おなごに見えておるのか。

・・・これは驚きじゃ。

これまでにも、わらわを見た者はおるが、

皆わらわを蛇じゃと言うておったの。

 

ほっほっ。

面白い。

そなた、しばしの間わらわの話を聞いてはくれぬか。

わらわはもうすぐ、あの砂の渦の中に飛び込まねばならぬ。

ほれ、あの砂じゃ。ぐるぐる回っておろ?

あの真ん中の穴を抜けていくのじゃ。

さすれば、もうここには二度と戻れぬ。

今、そなたに会えたのも、何かの縁じゃろうて。

そなたさえ良ければ・・・わらわの話をどうか聞いておくれでないか。

そうか、聞いてもらえるか。有り難きことじゃ。お礼申し上げる・・・。

 

さて、何から話そうかの。

わらわはここで千年以上も生きておる。

いや、生きておるのか死んでおるのか、わらわにも分からぬが。

・・・そうじゃ、わらわが人間であった時の事から話そうぞ。

 

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わらわは名をキヨと申す。

清姫じゃ。あの『娘道成寺、安珍清姫』の、清姫じゃ。

伝えられておる話は少々嘘も混じっておるがの。

 

そう言えば、さっきそなたの後ろに、

何やら安珍殿に良く似た影がちらりと見えたような気がしたが、気のせいか・・・。

懐かしゅうござるな。

なにゆえあのような結末になってしまったのか、今では悔やむばかりじゃ。

 

そうか、そなたは『安珍清姫』の話を知っておるか・・・。ならば話が早い。

安珍殿に恋焦がれ、叶わぬ想いに己が姿を大蛇に変えて、

安珍殿を追いかけ、追い回し、その魂を捕らえ、巻き付き、

怨みの炎で我が身もろとも焼き尽くした清姫の話を。

あれが、あの行いの全てが、わらわを今のような蛇の姿に変えたのじゃ。

・・・おお、そなたにはおなごの姿に見えておるのじゃった。

忘れておったぞ。

 

この千年もの間、人にはなれず、

蛇の妖怪として、人間のおなごの心にとり憑き、乗り移ってきたものじゃから。

清い女の心も、わらわがとり憑けばひとたまりもない。

恋に執念を燃やす、醜い女となる・・・。

かわいそうな事をしたものじゃて。

じゃが、わらわはおなごの心をもてあそんだわけではないのじゃ。

そのようなふざけた気持ちは微塵もござらぬ。

人間にとり憑いている間は、ただただ必死なのじゃ。懸命なのじゃ。

安珍殿を慕う気持ちが、他の何物をも見えなくさせるのじゃ。

最も大切な安珍殿の命さえも忘れてしまうほどにのう。

何度繰り返したか分からぬ。

どんな清い女にとり憑いたとて、

その女の心にわらわが住み着いておる限り、似たり寄ったりの結末となる。

わらわはここで、生きもせず死にもせず、そのような事ばかり繰り返してきたのじゃ。

 

されど、それもようやくおしまいじゃ。

わらわも人間としての命を頂くこととなった。

なに、わらわの意思もそうであったが、この度は神界からの仰せじゃ。

なんでも、人間の世界が一区切りつくとかいう話じゃ。

この機に応じて人間となり、生きておるのやら死んでおるのやら分からぬ妖怪どもも、

人としての人生を全うせよとの仰せじゃった。

 

ほれ、もうすぐあの砂の渦が、わらわの足元にまで広がり及ぶ。

さすれば、わらわには抗うことさえできぬ。

砂に引き込まれ、渦を通って、新たな命となり、人の世に生まれ出づる手はずじゃ。

 

そうじゃ、そなたに一つ頼みがある。

この鍵のことじゃ。

わらわは人間界に生まれる前に、今までの記憶が失われてしまうのじゃ。

この鍵はの、その記憶を呼び覚ますための鍵じゃと聞いておる。

わらわが持っていても、どうせ記憶を無くすのならば、

何のための鍵であったかも忘れるであろ。

 

そなたにこの鍵を託そうと思う。

いや、気にせずとも良い。

もしもそなたが、人間となったわらわを見つけたならば、

その時にこの鍵を渡してくれれば良いのじゃ。

 

これで思い残すこともなくなった。

そなたが声をかけてくれるまで、実を言うと心細うての。

人として生きることに、自信がなかったのじゃ。

また、あのような醜い真似をしてしまいはせぬかとな。

そなたは希望じゃ。

この闇の中で、ほのかな灯をわらわに与えてくれた。

 

まこと、気にせずとも良いて。

何もわらわを探し当ててくれと申しておるのではない。

もしも、もしもじゃ。

人間界のどこかで巡り会ったならば、必ずやそなたはわらわに気づくであろ。

その、もしも・・・で良いのじゃ。

 

もう砂がわらわの腰まで寄せてきた。

そろそろ別れの時じゃ。

 

ところで、そなたの名をまだ聞いておらなんだ。

そなたは一体、何者ぞ?

チャネラーとな?

はて・・・聞いたこともない。

まあ、よい。

わらわのつまらぬ話を、最後までよくぞ聞いてくださった。

鍵のことも、どうかよろしくお頼み申し上げる。

さらばじゃ。