私から私へと架ける橋

moon shell

 

早朝の ほの白い空を見上げたら

 

月の雫が 落ちてきたよ

 

森の木の 高い枝に

 

一度 ひっかかってから

 

やわらかい地面に ゆっくり 渦を巻きながら 落ちたよ

 

月の雫は 貝殻みたいに 

 

まるまって 光っていたよ 

 


鶏頭の花

 

赤く ゆれる 鶏頭の花

 

秋が 

 

北風に おされて のまれているうちに

 

鶏頭の花は 燃えて 燃えて

 

燃える赤を 冬に 手渡した

 

 


月明かり

 

昨夜の月は

明るくて 明るくて

うれしくなって、つい 夜の散歩に出た

 

月あかりに 照らされた 野原に吹く風は

それは それは 冷たかったけど

ほほが紅く染まるくらい 走ってもみた

 

今夜も きれいな月が 出ている

明日は、満月

 

 

「此木戸や 錠のさされて 冬の月」   其角

 

「此木戸(このきど)」を「柴戸(しばのと)」と読み違えた芭蕉のことを

ふっと、思い出す

 

間違いに気づいて、あわてて

「たとへ出版に及ぶとも、急ぎ改むべし」

と、手紙に書いて送ったという話

 

 


鎮守の杜

 

鎮守の杜で

白い紙を受け取り

何度も何度も くりかえし

紙に記された言葉を 詠みあげた

 

まるで

祝詞の奏上のように

祈りの歌のように・・・

 

 

神主のいない 小さな神社で

わたしは いったいどのようにして

その紙を手にしたのだったか

まるで 覚えていない

 

気が付いたとき 紙はすでに わたしの手の中にあった

そこには 私の名が 記されていた

 

 

名前というものは、他人から呼ばれるためのものではなく

その人自身の 祈りの言葉だったのかと

ふと 諒解した

 

 

 


鎮魂歌

 

鎮魂歌を歌うのに

哀れみは 邪魔だ

「個」の幻想を なぐり捨て

ただ、己の口から出る音のすべてを 

己自身に 捧げよう

 

 

己の中に 連綿とつながる、ある「魂」の系譜に

今、鎮魂の歌を 歌おう

 

音無しく沈黙させることが 鎮魂ではない

黙って 耐えさせるために 崇め奉り、なだめすかすことも また

鎮魂からは ほど遠い

 

忘れていた記憶を 鮮やかに甦らせて

これからの旅を、私とともに歩もうと、誘うのだ

 

 

 


狐の嫁入り

 

明るかった空が

突然 暗くなり

いきなり 横殴りの雨が 降り乱れた

 

半刻ばかり ひとしきり 強く降ったあと

雲間に 小さく晴れ間が 開いた

まるで、刃物にえぐりとられた 青い傷跡のようだ

 

でも、実は 雨はやんではいない

 

傘を差さずに 木陰から飛び出した私は

すっかり ずぶ濡れになりながら

不審な思いで 空を仰いだ

 

太陽は横顔だけを見せている

それでも、充分に 昼間の晴天の明るさだ 

 

雨は どこから降っているのだ?

 

遠くの山の 尾根伝いに 

狐火の行列

 

ああ、今日は狐の嫁入りであったか、と

そう納得したとき、夜が始まり

空はすっかり 闇に包まれた

 

雨は、まだ降り続いている

雷までが、祝言のために 大声で歌い、光を届けて

 

 


時を止めた白猫

 

深夜に 電話が鳴った

誰だろう  こんな夜中に・・・

私は 暗い廊下に出て 受話器を取ったが

耳には ツー という音がするだけ

 

間違い電話か?

 

いや、「間違い」など、あるはずもない

ここは 私の夢の中なのだ

 

ふと見ると、電話の横に お菓子の箱がある

進物用の ビスケットの箱のようだ

 

蓋を 開けてみた

中に入っていたのは、まあるく丸まった白い猫

四角い箱に ピッタリ内接して、まるで大きな巻貝のよう

白い猫は、息を止めて 心臓の鼓動も止めて

体の内部で 時を 止めているんだ

 

あの時、私の腕の中で 息を引き取った わが相棒、わが親友

いつも食事に使っていた 小さな御椀と一緒に

海辺の松の木の下に この手で 埋めた

 

 

電話は、声の代わりに

いったい何を届けたのか

 

 

白い猫と戯れた思い出と

別れが意味した人生の岐路を

指し示すような

ベルが、もう一度鳴る

 

 


月のしずく

 

とくべつ 大きな お月さま

とくべつ おいしい しずくが 落ちる

 

森のまつりは 静かな祭り

月のお酒で ほろほろ ほろほろ

鳥も 獣も 虫たちも 

木々も 草も ほろよい ほろよい

 

土が 受ける 

月のしずくを

 

しっとり ひんやり 夜を うるおす

 

 


月と仔猫の会話

 

きさら きさら きさら

雲の上から 

透き通った 月の声が 降りてくる

 

あなあん あなあん

僕は ここ

と、仔猫が 夜空を仰ぐ

 

仔猫にとって

雲のさえぎりは 障壁ではない

光が 弱められたとしても

きよらかな 月の声は 

三角の耳に しっかりと とらえられるから

 

  きさら きさら きさら

 

  あなあん あなあん あなあん

 

天上と地上とで 交わされる

月と仔猫の 会話

 

 

 


命の日

 

赤い実の成る

クロガネモチの木の

左手の 低い丘に 眠る 生きた記憶

 

南の池に さざなみが立ち

空には さざなみを そのまま映したような うろこ雲

 

一匹の 白い猫が

植え込みから 飛び出して、逃げた

突然の 闖入者は

昼寝の邪魔だったかな

 

カメラを手にしながら

この、足元の 枯葉の音を 収めることはできないものかと

ざっく ざっく 歩いた

 

やわらかい 秋のじゅうたんに

木漏れ日が 差す

 

11月11日

命の日

 

 

 


屋根

 

雲ひとつない 青空を バックに

瓦屋根が 光る

傾いた夕刻の陽射しを 受けて

淡路瓦が 波打つ

 

かじかむ指に 息を吐き

両手を合わせた

 

遠くから見た 屋根の連なりは 山脈に似ている

 

そういえば

「パミール」とは、ペルシャ語で

「世界の屋根」を意味するらしい

 

屋根に 思わず手を合わせたくなったのは

そんな連想が どこかで働いたからかもしれない

 

 


二日の月

 

二日の月に

刃物のような 冷たい風が 吹きぬける

 

春の萌しは 梅のほころびに始まって

今朝

庭のすみっこに 小さな 黄色いタンポポも 咲いたが

 

旧暦睦月の二日の月は 

切れるような 北風が よく似合う

 

 

 


石抜き

 

どの家にも 基礎の下には

石が据えられている

家をとり壊し 建て直すとき

まず、石抜きの術を 施さねばならない

いったん 石の魂を 抜くのだ

 

石は

家によって、様々だが

純度の高い 石英が もっぱら人気だった時代もある

 

さて、石抜きの術だが

これは 特殊な技術を持つ 術師でなければ 行えない

ただの術師が その真似事をして、家に喰われた・・・

なんて話も 伝説としては 残っている

 

今では、誰も知る人のいなくなった「石抜き」

どの家にも、その家なりの病理を 抱えるようになったのは

石抜き術師の存在が 闇に埋もれてしまったためでもあるが

家の基礎たる 「石」の存在さえ 忘れられたことが 

理由の大半を占めるだろう

 

新たな時代の「石抜き術師」よ、今こそ 来たれ

 

 


跪き、額づくよりは

 

跪き 額ずく姿は

神を敬う 敬虔な心を現す ポーズの一つかもしれません

しかし・・・です

もしや あなたは

神を対象として 見てはいないでしょうか?

この物質世界ではないにしても 

どこかに「非物質的存在」としての神を 想っているのなら

それは 偶像崇拝と 意識において なんら変わるところはありません

いくら声高に

「神は私の中にいる」

「神は心の中にいる」

と、叫んだとしても

「私の中」 あるいは「心の中」という

一つの余計な想像的世界を 増やしたにすぎません

 

 

吸い込まれそうなほど まっ青な空に

しばし 身をあずけていると

小鳥のさえずりや 木々の音が そっと囁いてきます

声に説明をさせてはいけない・・と

 

 

日常と非日常の間にある距離は

意味を捨てた言葉によってしか測ることはできず

もしも神が歌うものであるなら、その深淵に鳴り響く声こそが

神なのかもしれません

 

だから

跪き、額ずくよりは

空を見て、微笑む方が 私は好きなのです

 

 


西南の門

 

南の塀と 西の塀の境に

斜めに もう一つ 南西の塀が 建っている

南西といえば、裏鬼門

赤い南天の実が 塀の外からも 見えている

 

さて、南西に 出口を作ろうと思う

生まれる前から ずっとある

とぐろを巻く 蛇のような

何とは 名づけようもない その何かは

外に 出たがっている

 

家の改築、増築のたびに ふくれあがり、数も増えた

その何かは 

互いにもつれ、頭も尻尾も 見分けがつかないほどに

絡み合って うごめき続けてきた

 

南西の塀を 破ち

出口専用の 門をつくろうと 思う

 

 


開いた門扉

大きく 開かれた扉から

解き放たれたものは あまりに多く

その名を ひとつひとつ 読み上げることはできないが

ひとまとまりの 「す」という音で

それらのすべてに さよならを 告げる

 

積み上げてきた「過去」「歴史」

 

そんなものが 形をいかようにも変化させ

「巣」を作っていたのだ