婆さんがいた

屋根裏部屋の小さな窓から

鉢植えを出している 婆さんがいた

 

 

赤い花が 揺れる

朝の陽光を 浴びて

 

私は、道端から窓を見上げて 声をかけた

 

「婆さん、おはよう。今日はいい天気だね。」

 

「ああ、家の中まで日は入らんけどね。せめて、花ぐらいは外に出してやろう。」

 

「それは、何て花?」

 

「豚の饅頭だよ。」

 

「なんだって?」

 

「ブタのまんじゅう。知らないのかい? ちゃんと学校で教えてもらいな。」

 

 

そうだ、長話してると、学校に遅れてしまう

私は、婆さんに軽く会釈して、先の道を急いだ

 

 

婆さんは、笑っていた

いや、笑っていたのは、花の方だったかもしれない

 

 

冬の朝の ゆるい日差しは

花と婆さんを 一つに見せる魔法をかけていた

 

ブタのまんじゅうがシクラメンのことであると

私が知ったのは

ずっと後のことだ

 

まだ中学生だった 私の

忘れ得ぬ人の 一人として

屋根裏に住む

婆さんがいた

 

 2020/12/27