ある日の暮れ方のことである。
一人の下人が羅生門の下で雨やみを待っていた。
雨の音に混じって、どこからともなく声がする。
「危ないところだった。」
と繰り返し呟くのが聞こえた。
恐懼の内にも、彼はとっさに思い当って、叫んだ。
「その声は、我が友、李徴子ではないか。」
ところが、草むらから現れた声の主は、李徴でも、ましてや虎でもなく
一匹の野良猫であった。
「吾輩は猫である。名前はまだない。」
智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。
兎角に人の世は住みにくい。
人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。
やはり向こう三軒両隣りにちらちらする唯の人である。
唯の人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。
人でなしの国は人の世よりも猶住みにくかろう。
名もなき猫は、哲学的な呟きを後に去っていった。
下人は慌てて猫を追いかけた。雨の中を。
下人の行方は誰も知らない。
雨は夜更け過ぎに雪へと変わっていった。辺りはすっかり夜の闇である。
石炭をばはや積み果てつ。
国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。
山椒魚は悲しんだ。
メロスは激怒した。
誰もかれもが喜怒哀楽の「怒」と「哀」ばかりを求めているかのように
嘆き、悲しみ、怒り狂う。
「君死に給ふことなかれ」
女の乱れ髪が雪の中を舞う。
(晶子=雪女説浮上。コワイ笑)
一人の僧侶が一丈四方の狭い部屋で独りごちる。
「行く川の流れは絶えずして、しかも元の水にあらず。」
琵琶法師が琵琶をかき鳴らしてうたう。
「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。」
「見よ、人の塵がごとし。(「見ろ、人がゴミにようだ」を古文調に)」
ムスカ大佐は叫ぶ。
喜怒哀楽の「喜」はどうした?
「楽」は何処へ行った?
そこへ一陣の風が吹き抜けた。
どっどどどどうどどどうどどどう
青いくるみも吹きとばせ
すっぱいかりんも吹きとばせ
どっどどどどうどどどうどどどう
クラムボンはわらったよ。
クラムボンはかぷかぷわらったよ。
人々の間に笑いが起きた。
「喜」と「楽」が、風と共に流れ込んだのだ。
「さあ、切符をしっかり持っておいで。」
「真の幸福に至るのであれば、それまでの悲しみはエピソードに過ぎない」
次の時代へのバトンタッチは、風に任せればいい。
風の時代の到来と
銀河鉄道の夜に、祝福を。
2021 / 1/24